20160726-2 中里先生から受けた治療

血圧130台。

中里先生はご主人の転勤に同行され、東京を離れる。
現在の病院は退職され、中里先生のリハビリは今日で終了となる。

最初中里先生が退職されると伺ったとき意外だった。
仕事が麻痺の身体の治療を研究しているように思っていた。それを中断されるのだろうかと。
実際は新しい環境で仕事は再開される予定とは伺っている。

ご主人様と仲が良くなければ、転勤に同行しないはず、などと考えていた・・・
ご主人が先生にとって大事な存在であるはずで、ご主人って素敵な方なんだろうなあと思った。



【片マヒのときから中里先生にお世話になっていた】


私は重度の右片麻痺(2001年)のときに約3年半、今回両麻痺(2010年)で3年11か月、中里先生の治療を受けている。

片麻痺のとき・・・

発症から3年間頭はもうろうとして目が覚めていないみたいだったが、発症2年半後に認知運動療法をはじめて知り、半年後には目が覚めていることに気づいた。

印象的だった変化は、

歩行時に足裏にガラスの破片を踏む感覚がして、装具を取らねば歩けなくなった。装具を取り歩き始めた。

亜脱臼を起こしていた右肩は、だらんと右腕をぶらさげているようだったが、左の肩と同じ形になって亜脱臼が治っていた。



【中里先生最後のリハビリ 上半身のバランス】

車イスからマットへ移乗するとき、先生につかまっているが、向きは軸足はいつも左足だった。(車イスは、私の左側がマットに接していた)左足は少し動けるため、移乗時は軸足は左足の方が安心だと感じていた。

前回と今回は、(車イスは、私のマヒの右側がマットに接していて)軸足は右足で逆だった。
でも最初軸足はどちらかわからなかった。右足は地面の感覚は感じられず、左足は先生につかまって運ばれつま先が少し地面をこすっていたような浮いているような感じだった。

先生に言われ、右足を軸に移乗していたと気づかされた。私の31kgの体重は右足で支えられるとも。

マヒのつよい右足が自分の体重を支えるとはイメージし難い。実際先生が右足を支えてくれていた。マヒでも本当に体重を支えてしまうのかな。

マットに座って、バランスを保とうと、上半身を前後に動かしたり、先生の手を持ち手を動かしたりした。

先生から、どこで動かしているの?と質問された。
私は身体を触ったり50音ひらがなボードで答えたが、すべてはずれ。
腰?、(実際よく動いてみえる)上半身?、お尻?、・・・
答える場所がなくなってきて、まさかなあ・・と思いつつ、「足・・?」と答えると、
先生は「股関節?」と聞き返してくれた。
下敷きのように上半身がどうして動いているかわからずにいた。
股関節は、マットに座っているときは蝶番のようで上半身の背骨の動きに影響しているとわかった。

リハビリ最後に、中里先生からハグされてしまった。
先生の愛情深さを感じた。