嚥下障害を含めた自分の身体の回復の難しさとは

昨日、土曜日に受けたリハビリのブログを、3時間位かけて書いてみた。いつもなら2時間位?
文を作りながら、自分が知りたいことはなんだろうとぼんやり思っていた。
ひたすら自分の作った文を修正しまくる。
失語症ある私は、思った文が作れないこともあるから、面倒くさいけど。


無意識にできていたことが大量にできなくなっている自分。
無意識にできたことは、意識的に行えないことが多く、どうしてこんなことができたのだろうと思う。
人生で無意識に感覚で身につけたものがある日できなくなった今の自分のようだ。



一度身につけた感覚が脳出血でゼロになるのだろうか?
記憶がなくなったと思われた17年前の1度目の脳出血だったが、現在過去の友人と話ができている。
匂いとか、気温と風にあたったときに思い出す風景があったりとか、記憶は複雑なシステムだなと思う。
自分の複雑にみえる感覚の障害などは、できないことを一から訓練で回復を試みようとするより、記憶を内包した感覚の回復を試みるほうが、脳出血前の身体に近いより正確な回復をしそうな気がする。



リハビリで目を閉じると、自分の感覚が、正常かそうでないかわかりやすい。
私はしょっちゅうストローが使えなくて困っており今朝もそうで、やれやれ・・・と何気なく伏し目がちに吸うと、今までで一番楽に吸えた。
なんでだろう?目を閉じたっぽかったから?
何度やっても目を閉じると吸える。
ほんとかなあ。
しばらく続けてみよう。